ゆるす。

 

カウンセリングでも出てきそうなイメージがありますが、私は便宜的にしか使いません。

 

相手が使いたい言葉を使って思い込みを解いていくだけです。

 

 

人を嫌いな自分をゆるせない、

 

 

と言われれば、

 

嫌いになってはいけないと思っていた自分をゆるしてね。

 

 

といった感じに。

 

 

 

ゆるす、赦す、許す、恕す。

 

共通して『誰かの判断で緩和を認める』という意味。

 

 

誰かのゆるしがなくては、健康になってはいけないのだろうか。

 

誰かにゆるされなくては、愛されない存在だったのだろうか。

 

 

私たちはいつまで原罪を持っていなくてはいけないのだろう。

 

 

自分であれ誰かであれ、ゆるしは支配の下にある。

 

罪を持っていたい、そして誰かをゆるしたい。そんな意識のヒエラルキーがあるのでしょう。

 

 

自分が自分を支配する。誰かが誰かを支配する。

 

 

ゆるされることで得られる安堵感は、罪が前提にあってのもの。

 

 

懺悔してゆるされ、それが神の愛だと思い、罪を探し続ける。

 

 

 

ゆるしの中毒。

 

 

 

私たちはそれぞれの人生を自分の責任で生きています。

 

 

あなたが今、なりたいものがあったら、すでにそれを手にしている人の真似をすることから始めるのが手っ取り早いのです。そんな人が何をしているのかを観察し、真似をして、工夫をする。

 

 

健康になりたい。愛されたい。

 

 

健康で、幸せな人は、自分のことも誰かのこともゆるそうとはしていない。

自分の責任で人生を自由に歩いている。

そんな自分をただ愛している。同じように誰かのことも、愛している。

そうではないでしょうか。

 

 

心が健康になるために、ゆるしはだからもう必要ない。

 

 

 

ゆるされなくては愛していけない、幸せになってはいけないと、思っていた自分に気付くだけ。

 

そして、それは誰が決めたのか、誰が始めたのか。

 

それによって、誰が誰を苦しめていたのか。

 

それに気付き、もう止めて差し上げること。

 

 

それが愛することだと、私は思います。

 

 

 

愛と感謝を込めて

 

この記事を書いた人

小坂田恵理
小坂田恵理
心の悩み・不安・痛みの開放と解決には心理カウンセリング。神奈川県藤沢市にて、心の健康を育てるカウンセリングを行っています。