目の前には困難さが立ちはだかり、一人苦しみの中にいる。
毎日毎日がどうにもならない生き辛さの連続。
誰に任せるわけにもいかず、誰にも相談できない。
そんなとき、
孤独で、苦しくて、生きている価値がない。
死にたい。
生まれ変わってやりなおしたい。
そう思うかもしれない。
私たちは自由で、生きることも死ぬことも選択です。
ただ、本当に生まれ変わりがあったとして、また無の状態から生まれ、ハイハイや1+1を覚えることから始めなくてはいけないのだ。
何で生まれ変わりたいと思ったのかさえも忘れ、それを思い出すためにまた同じような経験をしなくてはいけないかもしれない。
もう、今、すでに経験したのに。
また繰り返すのだろうか。
いやいやそんなことではなく、きっと、分かっているのです。
突き詰めれば、今までの選択の結果だということも、
自分の責任だということも。
それでもどうしてもそれを乗り越えるのが怖い。
怖い。
乗り越えられる自信が無いから、もう終わりにしたい。
本当は生きていたい。
赤ちゃんが産まれるとき、もちろん母親も大変ですが、実は赤ちゃんの方も大変だと聞きます。
赤ちゃんは子宮の伸縮で押し出されます。縮こまるときが陣痛で、そのときにはへその緒も身体も全方向から圧迫され呼吸も出来ない。それが一分以上続き、何回も何回もやってくる。
命がけなのです。
それをしないと産まれてくることが出来ないのを生命は知っている。
とても怖い。
だから、それに耐えられる体になるまで待って待って準備をして、やってくる。
そうやって自分の頭よりも細い産道を通って産まれてくる。
産まれるタイミングは、生命が、赤ちゃんが作るのだそうです。
産まれてきたかった。それをしたかった。
私たちには生命としてその力がすでにある。
目の前の困難さは、自分が選んだ結果。
だからこそ自分で乗り越えていく。
その先は暗くて細い、どうなるか判らない。
その道しかないなら、その道を選んだのなら、その針の穴を潜り抜けていかなくてはいけないのだ。
だから本当にそれでいいのか、他に方法はないのか、しっかり考え準備をする。
思考が恐怖を無くしていきます。
その先はどうなるかわからない。でもそれはそのときに考えたらいい。
きっとこの狭く苦しい道を越えたら、景色は広がり、今よりは断然明るくて、楽なのだ。
私たちは困難さを通して、生きながらに生まれ変わることが出来る。
全ての体験、記憶、知識を持って新しく生き治し、生ききることが出来る。
私たちにはその力があり、乗り越えることを望んで生まれてきた。
自分と共に、したかったことがとうとう出来たときの自己愛を。
今、そう思えないかもしれないけれど、それは確かにそうだったといつか必ず思えるときがくる。
あなたがそう思えなくても、私はそれを確信している。
だから、大丈夫。
自分のペースで、自分のタイミングで。
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NPO法人日本心理カウンセラー協会