皆さんは魂とか魂の世界って在ると思いますか?

 

魂があるかどうか、それはまったく実証は難しいことだけれども、『心』と『魂』という言葉があるのですから、私たちは心とも違う何かを感じてきたのでしょう。

 

ルーム・ソルでは時にカウンセリング中でもそれについてお話することもあります。

 

『肉体を超えて永続するのなら今をどう生きようか』

そんな風に選択肢を広げることが出来、今が優しい気持ちになるからです。

 

 

そして私個人、目に見えない世界を考えるのはとても好きなのです。

もっと言えば、魂を体験したいと思っています。

 

ですので『在る』と信じる派です(笑)

 

若い頃は、そんな世界を知りたくてヒーリングやセラピー、スピルチュアルなセミナー、メンターと呼ばれる人たちに答えを求めたこともありました。

 

でもいつしか、自分自身の内面にあるものを理解することで魂やその世界への理解を深められるのではと気づき、それからは外に答えを求めることなく、得る情報は参考にして自分なりに探求しています。

 

自分にとっての新しい発見、それを求めることはとても楽しく自分を喜ばせます。

 

 

今日はそんな、実は基盤がディープ・スピリチュアルなルーム・ソル的『魂とその世界についての考察』にお付き合いいただけたら嬉しいです!

 

またしても長いのでお気をつけて(笑)

 

 

まずは魂。在るとしたらそれは、大きさを持たず振動をしている微細な粒子の集まりのような、見えないけれど存在するもの。

 

その目に見えず、形もないものだけの世界もまた在るならば、こことはまったく概念が違うだろう。

全てが真逆の世界、時間や空間が『無い』もしくは全く違う概念で『在る』、そんなところ。

 

そんな世界を想像するのは難しい気がするけれど、でも実は私たちはいつも心や意識の中でそれを体験しているのです。

 

過去を思って、今、気持ちが湧いてくる

未来を考えて、今、気持ちが湧いてくる

 

形もなく、場所もなく、時間も関係ない。過去未来、思い出し想像すれば、今そのときの気持ちを体験できる。

そんなところを心と呼びます。

 

根拠はまったくないけれど、私は確信しているのです。

やはり私たちの内部が魂の世界との接点である。

接点というよりも自身の中に全て内在している。

と。

 

その確信に従えば、

 

魂の世界は死後に行く場所でもなく

そこの体験は『いつか』出来ることでもない

 

今、この瞬間に同時に存在していて、私たちの意識は今まさに行ったり来たりどちらの体験も選択できるはずです。

 

 

では、何故あちら側の体験を実感することが出来ないのか?

 

出来るのに出来ない。

ってこれは思い込みではないかしら。

 

『そんなことがあるはずがない』

『出来るはずがない』

『今の自分では無理』

『何かがきっと自分には足りない』

 

間違った考え方をしている今の自分に原因がある。

心の問題だ。

 

私たちはいつも古い概念に縛られ、肉体的な感情に囚われ、間違った考え方で自らを導き、自由を奪っていた。

 

無限の可能性を持っているのに、小さなことでも不可能として諦めてしまうたった一つの原因は、今の自分自身の考え方に、いつだってあるのです。

 

何かを実現したかったなら、自分を不安にさせる思い込みに気づき、可能性を広げ、未知だったことを『当たり前』にしてあげることです。

 

 

魂だの魂の世界などにまったく関心がなければなんの問題もないのだけれど、私はやっぱり好きだから考えたのです。

どうすれば体験できるのか。

 

まずは邪魔をしていた古い概念を打ち破るしかありません。

私たちが見る世界は概念で出来上がっています。そこに新しい概念を取り入れれば考え方は勿論、物事の起こり方も変わってくるのです。

それは自分自身でもカウンセリングの現場でも実証済みです。

 

 

例えば時間。

過去から現在そして未来へ、という直線的な連続したものであるだというのも一つの概念にすぎません。

 

連続していると思われていた過去や未来の体験の数々は、時間や空間の無い私たちの内部で一瞬一瞬同時に存在しているかもしれないのです。

 

私はすでにその新しい概念が身に付くように練習をしています。
時間は直線的ではなく、今まさに全てのことが瞬時に起こっていて、意識は常に色んな瞬間と場所を選択し体験している、といつも意識し、少しづつ思考を変えていく。

 

今や、魂の世界も意識的に体験できる自在さを取り戻していける気がしているのです。

 

肉体を離れても永続するならば、私たちの本質は魂にあります。

その魂は肉体に縛られているのではなく、古い概念、間違った思考と、そこからくる感情に縛られているのです。

 

私は自分自身の可能性を広げたい。

 

肉体がなければ魂の世界だけ

肉体だけの概念だったらこの世界だけ

 

そんな制限は、魂も持っている私たちにはとても不自由です。

どちらも牢獄です。

 

 

または、片方の世界しか選べなかったり、どちらかが優位だったり、行きつく先のゴールであるという考え方は何か逃避的で無責任な気がするのです。

 

私たちはいつだって自分が選択出来て、どこまでも自由自在な存在なはず!

 

多くの方が言うように、私たちは命ある限り、完璧で崇高な霊的存在だと私も思っています。

様々な体験を選択し、すべてを具現化できる可能性を持っています。

 

だとしたらそんな不完全なシステムで成り立っているはずがありません。

 

 

時間と空間のある肉体と物質の世界であるここで、様々な出来事で気持ち、感情を体験する。

魂は、体験で得た叡智を、時間と空間を超えた魂の世界でデータベースのように蓄積する。

 

どちらが欠けても成り立たない。

どちらも必要。

 

今、既にそうなのです。

 

 

私が体験したいことの一つは、この人生で肉体を持ったまま、魂として生きること。

 

肉体を出たり入ったり、時間空間を一瞬一瞬に移動する。

 

それを今の意識を持って、私自身として体験したい。

 

なんのこっちゃ?かもしれませんね(笑)

だけど私はすごく真剣!

もし、それが出来たら面白いでしょう?

想像できることは案外どんなことで実現可能だって学習してきましたから、きっと出来ると思っている。

 

 

過去も未来も関係ない。今をどう生きるかだ。

自由ならば、選べるならば、より良い方向へシフトしていきたい。

 

すでに完璧で崇高である私たち自身を認め、理解を深めていきたい。

 

とことん自分のしたいことに夢中になって、目の前の確かなものを大切にし、自分を愛し、その愛を広げる。

欲求を満たすことで終わらず、感情による行動を控え、奉仕に向かい、自分自身を成長させることに一生懸命になる。

 

毎瞬毎瞬、今の自分を大切に、今の自分で生きる。

それが自分自身を古い概念から解放し、本質へと導いていくことになります。

 

自分自身の精神が成長すれば、魂の世界も同時に瞬時に進化します。

 

私たちは誰でも、自由自在に生きている。

それは『いつか』ではなく、すでに『今』そうなのです。

それが一人より二人、仲間が多くなればより強大。

 

一人一人の目覚めが何よりも大きな変化をもたらしていく。

 

これは妄想というのかもしれない。

実現出来たら妄想ではないけれど、それが仮にできたとしても内面の世界のこと。

やはり妄想と言われるのでしょう(笑)

それでもいいのです。何を信じるかもまた自由ですから。

 

妄想はビジョンです。

常陸大宮市の山の中で、私の内部からその世界を創造しています。

自由であるなら、自分のビジョンに一生懸命に生き、自分自身を楽しませたい。

 

この考察が答えではありません。カウンセリングと共にライフワークとして、これからも続き変化と進化を遂げていくでしょう。

 

魂の世界。あなたはどう思いますか?

 

いつかご一緒に魂の世界を体験出来たらいいですね(笑)

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

 

愛と感謝を込めて